天之御柱(あめのみはしら)巡り

投稿者: | 2014-10-07

平成26年(2014年)10月05日(日)、島根県出雲市の出雲大社で、高円宮妃久子殿下の次女、典子(のりこ)女王殿下(26)と、出雲大社の権宮司、千家国麿(せんげくにまろ)さん(41)の結婚式が行われた。

【典子さまご結婚】

結婚式は出雲大社伝統のしきたりで

 「日本書紀」や「古事記」の神話に創建の由来が書かれ、古くから「縁結びの神様」として知られる出雲大社。典子さまと千家国麿さんとの結婚式は、神式の中でも大社伝統のしきたりが、随所にちりばめられていた。

 式場となった拝殿に入ったお二人は、斎主を務めた千家さんの叔父、千家隆比古(せんげ・ながひこ)さん(66)から祝詞に続いて「神誡(かみのみおしえ)」を受けられた。大社が祭る大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)と妻の須勢理比売(すせりひめのおおかみ)との結婚の伝承にちなみ、夫婦のあるべき姿を説いたものだという。

 その後、お二人で拝殿の中央に据えられた「天之御柱(あめのみはしら)」を交差するようにめぐり、神前に進み出られた。天之御柱は実際にはいわゆる柱ではなく、出雲大社の紋が入った錦の御旗を付けた鉾(ほこ)を立てたもの。伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が柱を回って出会ったという「国生み神話」に由来する。

 さらに、千家さんが神職に「互に愛し合い苦楽を共にして明るい家庭を築き世のため人のために尽します」などと書かれた「誓詞(ちかいのことば)」を渡し、神前に供えられた。通常は新郎新婦で読み上げるが、千家さんの両親の結婚式にならい、お二人は読み上げなかった。

 玉串をささげた後の拝礼も、通常の神社の二礼二拍手一礼ではなく、出雲大社独特の二礼四拍手一礼で行われた。

 式が終わった後は、参列したご親族とともに、約60年ぶりの「平成の大遷宮」で修造を終えたばかりの本殿を参拝された。

引用元: 産経ニュース. 2014.10.05 19:49. 結婚式は出雲大社伝統のしきたりで.

【典子さまご結婚】

千家国麿さんとのご結婚式、滞りなく終了

 高円宮妃久子殿下の次女、典子女王殿下と出雲大社(島根県出雲市)の権宮司、千家国麿(せんげ・くにまろ)さん(41)の結婚式が5日午前11時すぎから出雲大社で執り行われ、同55分ごろに滞りなく終了した。式終了後、お二人が新婚生活を送る出雲市の市役所に代理の宮内庁職員らが婚姻届を提出し、26歳の典子さまは皇室を離れて千家典子さんとなられる。

 午前7時半、ご宿泊先の出雲市内の旅館を高円宮邸の代わりとし、千家家の使者が典子さまを迎えに上がる「入第の儀」が行われた。典子さまはブルーグリーンのスーツ姿で、久子さま、姉の承子さま、妹の絢子さまに見送られ、車で大社に向かわれた。

 典子さまは休憩所となった大社社務所に入り、髪を束ねて長く後ろに垂らす「おすべらかし」に結い、祖母の三笠宮妃百合子さまから借りた貞明皇后ゆかりの「袿(うちぎ)」「袴(はかま)」など平安朝の礼装に着替えられた。

 午前11時ごろ、典子さまは、正装の衣冠姿となった千家さんの隣に並んで社務所を出て、斎主を務める千家さんの叔父、千家隆比古(ながひこ)さん(66)の先導で参道をゆっくりと拝殿まで進まれた。参道には大社の氏子らが列を作って祝福した。

 お二人は拝殿内で、夫婦のあるべき姿を説いた「神誡(かみのみおしえ)」を斎主から授かり、大社が祭る大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)の結婚式の伝承に従い、中央に据えられた「天之御柱(あめのみはしら)」を交差するようにめぐられた。

 その後、神職が千家さんから誓詞を受け取って神前に供え、お二人は玉串をささげて拝礼し、三三九度で杯を交わされた。式には久子さま、承子さま、絢子さま、千家さんの父、尊祐(たかまさ)さん、母、礼子(あやこ)さんら両家の親族約20人が参列された。

引用元: 産経ニュース. 2014.10.05 12:16. 千家国麿さんとのご結婚式、滞りなく終了.

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